No.9 家族旅行記 幸せって案外、安くつくもんだ

商店街を歩き回った結果、男子チームと女子チームの意見は、見事なまでに真っ二つに分かれた。


私と息子の希望は、珍しくぴったりと一致していた。

「まあ、ラーメンで十分だよな」
「王将でもガストでも、全然いいよね」

普段は反抗期真っ只中で、何かと私に素っ気ない態度をとる息子。
それなのに、この瞬間だけは固い絆で心が一つになっていた。
男子チームの省エネな意見の一致に、私は少しだけ嬉しくなっていたのだ。


……しかし、女子チームが首を縦に振るはずもなかった。

「えー、ラーメンは嫌」
「せっかくの旅行なのにチェーン店も嫌」

その意志は、固かった。
旅先だからこそ、その土地ならではの素敵なお店で食べたい。
その気持ちは、よく分かる。

……分かるのだが、頼むから男子チームの財布にも少しばかり優しくしてほしい。


結局、答えが出ないまま、私たちは重い足取りでホテル方面へと戻ることになった。



駅前の交差点まで差し掛かった時のことだ。
娘がふと、大きな看板を見上げた。

「あ! 鳥貴族がある!」

思わず私は突っ込んでしまった。
「いや、それ思いっきりチェーン店だろ!」

すると娘は、どこまでも真顔で答える。
「だって、私行ったことないもん」

なるほど。そういう理屈か。
ようやく息子と心が通じ合ったと思ったら、今度は娘との距離が少し遠ざかった気がした。


ところが、その鳥貴族は予約で超満員。
まだ午後五時半だというのに、入れる気配すらない人気ぶりだった。

奈良の人たちは、そんなに焼き鳥が好きなのだろうか。
……いや、海外からの観光客も多いから、その影響かもしれない。



そんなことを考えながら駅ビルへ戻ると、今度はお惣菜売り場に長蛇の列ができていた。
並んでいるのは、どう見ても地元の人々。
その視線の先にあるのは――そう、やっぱり焼き鳥だ。

「ああ、奈良の人って本当に焼き鳥が好きなんだ……」

今回の旅で得た、もっともどうでもいい新発見であった。


私はすさかさず提案してみる。
「この美味しそうな焼き鳥を買って、ホテルの部屋でゆっくり食べようよ」

しかし、その提案はあっさりと却下された。
「せっかく旅行に来たんだから、お店で食べたいの!」

まあ、ごもっともな意見である。
私は黙って深くうなずくしかなかった。



駅ビルを歩いていると、一軒の落ち着いたうどん屋が目に留まった。
「助かった……!」
正直、心からそう思った。
お小遣い制の私にとって、涙が出るほどありがたい価格帯である。

「お、いい店があるじゃないか」
できるだけ自然な仕草で、家族をその店へ誘導しようと試みる。

……しかし。
女子チームの足がそこに止まることはなかった。

彼女たちの視線が吸い寄せられていたのは、一軒の居酒屋。
そして、その店のおすすめ看板に書かれていたのは――やっぱり焼き鳥。

どうやら彼女たちは、奈良の焼き鳥文化の魔力にすっかり魅了されてしまったらしい。



私は静かに腹をくくった。

「好きなもの、どんどん頼んでいいからね」

大人の余裕たっぷりな父親を演じてみる。
けれど、料理が一品運ばれてくるたびに、心の中ではお財布が悲鳴を上げていた。

私はお酒が飲めない。
それなのに、なぜか格好をつけてレモンチューハイを注文した。

グラスに口をつける。
少し離して、息を吐く。

「……ぷはぁっ」

お酒が飲める男を演じてみる。
今思えば、一体誰に向けたパフォーマンスだったのだろう。

そして残酷なことに、テーブルのタッチパネルには親切にも「現在の合計金額」がリアルタイムで表示されていた。
……親切すぎるのも、時に罪である。


やがて、最初に箸が止まったのは妻だった。
続いて、娘。

「あー、お腹いっぱい!」

その一言を聞いた時、心底ホッとしている自分と、なんだか少しだけ切なくなっている自分がいた。


しばらくして女子チームは、「ちょっと下のスーパー寄ってくるね」と言って席を立った。
私は息子と二人、残った会計を静かに済ませ、ホテルへと戻った。



料理は確かに美味しかったはずだ。
けれど正直なところ、味はあまり覚えていない。
終始、頭の中で電卓を叩くのに必死だったからだ。


ホテルの部屋に着き、駅ビルのスーパーで息子と買った1個のアイスを口に運ぶ。

冷たくて甘い、少し溶けかけたアイス。
それが、歩き疲れて熱を持った身体と、寒風が吹き荒れて凍りつきかけていた財布の心を、優しく溶かしていくようだった。


「ふぅ……今日はこれで十分だな」


しみじみとそう思った、まさにその時だった。

ドアが開き、女子チームが帰ってきた。
手に下げた紙袋がガサゴソと音を立てる。
そして部屋の中にふわりと漂う、たまらなく香ばしい匂い。

袋の中から現れたのは――

さっき駅ビルのお惣菜屋さんで見かけた、あの焼き鳥だった。


「……ふふっ」

私は思わず吹き出してしまった。

あれほど「ホテルで食べるのは嫌だ」と言っていたのに。
結局、彼女たちが一番惹かれていたのは、あのお惣菜屋さんの焼き鳥だったのだ。


部屋いっぱいに広がる、香ばしいタレの香り。
「おいしいね」と笑顔で頬張る家族の姿。


その温かい光景をぼんやりと眺めながら、私は思った。


――幸せって、案外安くつくもんだな。


予定通りにいかなかった旅プラン。
修学旅行と被っていた東大寺。
鹿にお尻を叩かれた痛み。
砂漠で水を求めるように飲み干したジョア。
そして、部屋でみんなで突っついた焼き鳥と、甘いアイス。


きっと何年か経った頃、これら全部をひっくるめて、「あの旅行、本当に楽しかったよね」と笑い合いながら話すのだろう。


窓の外に広がる古都の静かな夜を感じながら、私は明日の旅に備えて、そっと布団へ潜り込んだ。


No.10 家族旅行記 意識高い系の朝とカラコンの試練
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2026年07月20日