No.9 家族旅行記 幸せって案外、安くつくもんだ
商店街を歩き回った結果、男子チームと女子チームの意見は、見事なまでに真っ二つに分かれた。
私と息子の希望は、珍しくぴったりと一致していた。
「まあ、ラーメンで十分だよな」
「王将でもガストでも、全然いいよね」
普段は反抗期真っ只中で、何かと私に素っ気ない態度をとる息子。
それなのに、この瞬間だけは固い絆で心が一つになっていた。
男子チームの省エネな意見の一致に、私は少しだけ嬉しくなっていたのだ。
……しかし、女子チームが首を縦に振るはずもなかった。
「えー、ラーメンは嫌」
「せっかくの旅行なのにチェーン店も嫌」
その意志は、固かった。
旅先だからこそ、その土地ならではの素敵なお店で食べたい。
その気持ちは、よく分かる。
……分かるのだが、頼むから男子チームの財布にも少しばかり優しくしてほしい。
結局、答えが出ないまま、私たちは重い足取りでホテル方面へと戻ることになった。
◇
駅前の交差点まで差し掛かった時のことだ。
娘がふと、大きな看板を見上げた。
「あ! 鳥貴族がある!」
思わず私は突っ込んでしまった。
「いや、それ思いっきりチェーン店だろ!」
すると娘は、どこまでも真顔で答える。
「だって、私行ったことないもん」
なるほど。そういう理屈か。
ようやく息子と心が通じ合ったと思ったら、今度は娘との距離が少し遠ざかった気がした。
ところが、その鳥貴族は予約で超満員。
まだ午後五時半だというのに、入れる気配すらない人気ぶりだった。
奈良の人たちは、そんなに焼き鳥が好きなのだろうか。
……いや、海外からの観光客も多いから、その影響かもしれない。
◇
そんなことを考えながら駅ビルへ戻ると、今度はお惣菜売り場に長蛇の列ができていた。
並んでいるのは、どう見ても地元の人々。
その視線の先にあるのは――そう、やっぱり焼き鳥だ。
「ああ、奈良の人って本当に焼き鳥が好きなんだ……」
今回の旅で得た、もっともどうでもいい新発見であった。
私はすさかさず提案してみる。
「この美味しそうな焼き鳥を買って、ホテルの部屋でゆっくり食べようよ」
しかし、その提案はあっさりと却下された。
「せっかく旅行に来たんだから、お店で食べたいの!」
まあ、ごもっともな意見である。
私は黙って深くうなずくしかなかった。
◇
駅ビルを歩いていると、一軒の落ち着いたうどん屋が目に留まった。
「助かった……!」
正直、心からそう思った。
お小遣い制の私にとって、涙が出るほどありがたい価格帯である。
「お、いい店があるじゃないか」
できるだけ自然な仕草で、家族をその店へ誘導しようと試みる。
……しかし。
女子チームの足がそこに止まることはなかった。
彼女たちの視線が吸い寄せられていたのは、一軒の居酒屋。
そして、その店のおすすめ看板に書かれていたのは――やっぱり焼き鳥。
どうやら彼女たちは、奈良の焼き鳥文化の魔力にすっかり魅了されてしまったらしい。
◇
私は静かに腹をくくった。
「好きなもの、どんどん頼んでいいからね」
大人の余裕たっぷりな父親を演じてみる。
けれど、料理が一品運ばれてくるたびに、心の中ではお財布が悲鳴を上げていた。
私はお酒が飲めない。
それなのに、なぜか格好をつけてレモンチューハイを注文した。
グラスに口をつける。
少し離して、息を吐く。
「……ぷはぁっ」
お酒が飲める男を演じてみる。
今思えば、一体誰に向けたパフォーマンスだったのだろう。
そして残酷なことに、テーブルのタッチパネルには親切にも「現在の合計金額」がリアルタイムで表示されていた。
……親切すぎるのも、時に罪である。
やがて、最初に箸が止まったのは妻だった。
続いて、娘。
「あー、お腹いっぱい!」
その一言を聞いた時、心底ホッとしている自分と、なんだか少しだけ切なくなっている自分がいた。
しばらくして女子チームは、「ちょっと下のスーパー寄ってくるね」と言って席を立った。
私は息子と二人、残った会計を静かに済ませ、ホテルへと戻った。
◇
料理は確かに美味しかったはずだ。
けれど正直なところ、味はあまり覚えていない。
終始、頭の中で電卓を叩くのに必死だったからだ。
ホテルの部屋に着き、駅ビルのスーパーで息子と買った1個のアイスを口に運ぶ。
冷たくて甘い、少し溶けかけたアイス。
それが、歩き疲れて熱を持った身体と、寒風が吹き荒れて凍りつきかけていた財布の心を、優しく溶かしていくようだった。
「ふぅ……今日はこれで十分だな」
しみじみとそう思った、まさにその時だった。
ドアが開き、女子チームが帰ってきた。
手に下げた紙袋がガサゴソと音を立てる。
そして部屋の中にふわりと漂う、たまらなく香ばしい匂い。
袋の中から現れたのは――
さっき駅ビルのお惣菜屋さんで見かけた、あの焼き鳥だった。
「……ふふっ」
私は思わず吹き出してしまった。
あれほど「ホテルで食べるのは嫌だ」と言っていたのに。
結局、彼女たちが一番惹かれていたのは、あのお惣菜屋さんの焼き鳥だったのだ。
部屋いっぱいに広がる、香ばしいタレの香り。
「おいしいね」と笑顔で頬張る家族の姿。
その温かい光景をぼんやりと眺めながら、私は思った。
――幸せって、案外安くつくもんだな。
予定通りにいかなかった旅プラン。
修学旅行と被っていた東大寺。
鹿にお尻を叩かれた痛み。
砂漠で水を求めるように飲み干したジョア。
そして、部屋でみんなで突っついた焼き鳥と、甘いアイス。
きっと何年か経った頃、これら全部をひっくるめて、「あの旅行、本当に楽しかったよね」と笑い合いながら話すのだろう。
窓の外に広がる古都の静かな夜を感じながら、私は明日の旅に備えて、そっと布団へ潜り込んだ。
No.10 家族旅行記 意識高い系の朝とカラコンの試練
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